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東京地方裁判所 平成元年(行ウ)53号 判決

原告

桂秀光

被告

地方公務員災害補償基金東京都支部長 鈴木俊一

被告

鈴木俊一

右両名訴訟代理人弁護士

大山英雄

被告

社団法人東京都教職員互助会

右代表者理事

水上忠

被告

水上忠

被告

林文彦

右三名訴訟代理人弁護士

原田昇

被告

東京都

右代表者知事

鈴木俊一

右指定代理人

和久井孝太郎

小嶋稔

被告

田中公一

主文

一  被告地方公務員災害補償基金東京都支部長に対する損害賠償請求の訴えを却下する。

二  被告地方公務員災害補償基金東京都支部長に対する公務外認定処分の取消請求を棄却する。

三  被告鈴木俊一、被告社団法人東京都教職員互助会、被告水上忠、被告林文彦、被告東京都、被告田中公一に対する損害賠償請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

一  被告地方公務員災害補償基金東京都支部長が原告に対し地方公務員災害補償法に基づき昭和六二年一〇月二日付けでした公務外認定処分を取り消す。

二  被告地方公務員災害補償基金東京都支部長、被告鈴木俊一、被告社団法人東京都教職員互助会、被告水上忠、被告林文彦、被告東京都、被告田中公一らは、原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である平成元年三月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、原告が、

1  都立高校定時制の教諭として勤務中、生徒から暴行を受けたことにより頚椎捻挫の傷害を負ったとして、被告地方公務員災害補償基金東京都支部長に対し、公務災害の認定を求めたところ、公務外であるとの認定処分を受けたため、地方公務員災害補償法五六条に基づき、右処分の取消しを求め、

2  右傷害事件及び公務外認定処分にあたって、被告地方公務員災害補償基金東京都支部長、同支部長であった被告鈴木、原告が治療を受けた病院を経営する被告社団法人東京都教職員互助会、同互助会理事長である被告水上、右病院の医師である被告林、被告東京都、原告が勤務する都立高校校長であった被告田中がそれぞれ不法行為を行ったとして、同被告らに対し、損害賠償を請求した事案である。

二  基礎となる事実関係(以下の事実は、特に証拠を摘示したほかは、争いがない。)

1  原告は、都立大森高等学校(校長・被告田中公一、以下「大森高校」という。)定時制に化学担当教諭として勤務し、昭和六二年五月八日、二年三組で第四時限目(午後八時一五分から午後九時)の授業をしていた。第四時限目の英語の授業を五分から一〇分くらい早めに終えて廊下に出ていた二年二組の男子生徒数名のうち、生徒甲野太郎(以下「生徒甲野」という。)が、悪戯半分で廊下の教室側面にある三組教室の蛍光灯電源スイッチを切った。

2  原告は、廊下に出て、「誰が消したんだ。」と大声で問い質したところ、生徒甲野が名乗り出た。原告は、「何でやったんだ」と言いながら、右手に持っていた教科書を生徒甲野に向けて突き出し、これが同生徒の顎に触れたため、同生徒は、腹を立てて、「何するんだ。教師が暴力を振るっていいのか。」と言って、所持していたバッグで原告の頭部を一回殴打した(以下「本件暴行」という。)(〈証拠略〉)。

3  原告は、翌九日、被告社団法人東京都教職員互助会(理事長・被告水上忠、以下「被告互助会」という。)が経営する三楽病院整形外科医師佐野茂夫の診察を受け(以下「佐野医師」という。)、同医師は、頚椎捻挫であるとの同日付け診断書を作成した。

4  原告は、本件暴行により、頚椎捻挫の傷害を負ったとして、地方公務員災害補償法四五条に基づき公務災害の認定を請求したが、被告地方公務員災害補償基金東京都支部長(以下「被告基金都支部長」という。)は、昭和六二年一〇月二日付けで公務外であるとの認定処分をした(以下「本件処分」という。)。

5  そこで、原告は、本件処分を不服として、同月五日付けで審査請求書を提出したが、地方公務員災害補償基金東京都支部審査会は、平成元年五月六日付けで右請求を棄却する旨の裁決をした。更に、原告は、右裁決を不服として、同年七月四日付けで地方公務員災害補償基金審査会に対し、再審査請求をしたが、同審査会は、平成二年九月五日付けで右再審査請求を棄却する旨の裁決をした(〈証拠略〉)。

第三当事者の主張

(公務外認定処分取消について)

一  原告

1 原告は、本件暴行によって首が腫れて痛みが発生し、佐野医師から頚椎捻挫であるとの診断を受けた。原告は、本件暴行直後から二週間勤務を休んだが、本件暴行以前には二週間も連続して勤務を休んだことはなかった。また、二週間経過後には他覚的症状も生じるに至った。

2 生徒甲野は、昭和六二年六月一一日、東京地方検察庁検察官により傷害被疑者として家庭裁判所送致処分を受けたが、原告に傷害が生じていなければ、同生徒が傷害被疑者として右処分を受けることは有り得ないから、原告が頚椎捻挫の傷害を負ったことは明らかである。

3 したがって、本件暴行により原告に頚椎捻挫が発症したことは明らかであるから、頚椎捻挫を公務外であると認定した本件処分は、違法である。

二  被告基金都支部長

1 生徒甲野が原告を殴打したときに用いたバッグは、縦、横が一五センチメートル、二五センチメートルと小さなもので、重量も在中物を含め四一五グラムと軽量であった。右バッグには、自動車免許証、テレホンカード、特別教育終了証、ボールペン二本、蛍光ペン一本、印鑑、身分証明書、アドレス帳、大森校ハンドブッグが在中していた。したがって、バッグの形状、在中品の形状及び硬度、在中品を含むバッグの重量からすれば、生徒甲野がバッグで原告の頭部を殴打したときの衝撃は、原告の頸部に傷害を与えるほど強力なものではなかった。

2 原告は、本件暴行以前、頸椎捻挫後遺症という既存疾病を有していた。佐野医師は、原告の傷病を頸椎捻挫であるとの診断をしたが、原告の症状は、他覚的には頸椎可動域は良好であり、頸椎捻挫後遺症に新たな症状が加わっていないうえ、本件暴行前後において、その治療方針及び治療法に変化がなかったから、原告には本件暴行による著しい症状の憎悪はなかった。

3 したがって、本件暴行により原告に頚椎捻挫が発症したとは認められないから、原告が公務災害であると主張する頚椎捻挫は公務上の災害には当たらない。

(不法行為について)

一  原告の主張

1 被告基金都支部長

(一) 被告基金都支部長は、昭和六二年一〇月二日、本件暴行によって原告に頚椎捻挫が発症したにもかかわらず、右頚椎捻挫を公務外であるとの違法な本件処分を行った。

(二) 被告基金都支部長は、本件処分を行うにあたって、法律上の根拠がないにもかかわらず、原告に無断で原告の診察及び治療に関する情報を三楽病院から得た。

(三) 基金都支部の職員は、本件処分を行うにあたって、法律上の根拠がないにもかかわらず、原告に無断で原告の診察及び治療に関する情報を三楽病院から得るという違法行為を行った。その際、被告基金都支部長には、部下である右職員が右違法行為を行うことなくその職務を果たすようにする注意義務があるのに、これを怠った過失があった。

(四) したがって、被告基金都支部長は、原告に対し、国賠法一条に基づく損害賠償責任を負担する。

2 被告鈴木

被告鈴木は、右1の各不法行為を行ったものであるから、原告に対し、民法七〇九条に基づく損害賠償責任を負担する。

3 被告水上、被告林、被告互助会、

(一) 被告水上は、被告互助会の理事長であり、被告林は、被告互助会が経営する三楽病院の医師である。

(二) 被告林は、医師としての職務を行うにつき、原告の診察及び治療に関する情報を部外者に漏らさないようにする義務があるのに、原告に無断で右情報を被告基金都支部長に漏らした。

(三) 被告水上は、理事長としての職務を行うにつき、医師を含む全職員に対し、右情報の守秘義務を遵守させる注意義務があるのに、これを怠った過失があった。

(四) したがって、被告水上、被告林、被告互助会は、原告に対し、民法七〇九条、七一五条に基づいてそれぞれ損害賠償責任を負担する。

4 被告都

(一) 被告基金都支部長、被告水上、被告林の不法行為

(1) 被告基金都支部長、被告互助会の職員である被告水上、被告林の不法行為は、右1及び3のとおりである。

(2) 被告都は、基金都支部及び被告互助会の国賠法三条の費用負担者である。

(3) したがって、被告都は、原告に対し、国賠法一条、三条に基づく損害賠償責任を負担する。

(二) 本件スイッチの欠陥

大森高校定時制二年三組教室の照明用の蛍光灯電源スイッチ(以下「本件スイッチ」という。)には、教室内でなく不特定多数の者が操作できる教室外の廊下の壁に設置されていたという構造上の欠陥があり、被告都の右欠陥を放置する管理上の瑕疵が原因で本件暴行が発生した。したがって、被告都は、原告に対し、国賠法二条に基づく損害賠償責任を負担する。

(三) 大森高校教職員らの不法行為

(1) 大森高校校長である被告田中は、管理者として、生徒甲野が暴力事件を度々起こす少年であることを知る得べき立場にあり、このような情報を収集して、これを職員に伝達し、教育指導の便宜を図るべき義務がありながら、これを怠ったために、本件暴行が発生した。また、田中校長は、大森高校定時制教諭や定時制生徒と接触する機会を年に数回しか持たず、教職員の管理義務や安全管理義務を怠ったために、本件暴行が発生した。

(2) 大森高校定時制教諭神谷明美は、本件事件当日、時間割りで定められた四時限目の午後八時一五分から午後九時までの間、二年二組の生徒に対し、授業を行うべき義務があるのにこれを怠り、定刻よりも早く授業を終了したために、生徒甲野に消灯を行う時間的余裕を与え、本件暴行が発生した。

(3) 原告が昭和六二年五月一八日生徒甲野を傷害罪及び暴行罪で告訴すると、被告田中を含む都立大森高校定時制教職員の一部は、原告に対し、告訴を取り下げるようにと違法な圧力をかけた。しかも、右告訴の件で、同校教諭山崎茂雄が原告に対し大声で罵ったり、胸ぐらを掴むなどの暴行を加えた際、被告田中らは、これを支持した。

(4) 大森高校定時制の管理職らは、原告の公務災害の申請に関し、正規の手続きを怠った。また、被告田中は、本件暴行が明らかに勤務中に生じたものであるのに、東京都教育委員会の指示により、原告の欠勤を公傷扱いにせず、通常の病欠扱いにした。

(5) 以上のとおりであるから、被告都は、原告に対し、国賠法一条に基づく損害賠償責任を負担する。

5 被告田中

(一) 右4・(三)・(1)ないし(4)と同旨。したがって、被告田中は、原告に対し、民法七〇九条、七一五条二項に基づく損害賠償責任を負担する。

(二) 生徒甲野の原告に対する不法行為は、前記第二の二基礎となる事実関係2記載のとおりであり、被告田中は、未成年者である同生徒の代理監督者である。したがって、被告田中は、原告に対し、民法七一四条に基づく損害賠償責任を負担する。

6 原告は、被告らの各不法行為によって、地方公務員災害補償法に基づく災害補償の実施をいまだに受けることができないなどの金三〇〇万円相当の肉体的、精神的、経済的及び社会的損害を被った。

二  被告らの主張

1 被告基金都支部長の本案前の主張

被告基金都支部長は、法律によって訴訟上の当事者としての資格が認められている場合を除いて、当事者適格がないところ、損害賠償請求については、当事者としての資格が認められていないから、本件請求は、却下されるべきである。

2 被告鈴木

原告が主張する被告鈴木の不法行為は、いずれも被告基金都支部長として、公務上外であるとの認定処分を行うにあたって、公権力を行使したことに関するものである。そして、公権力の行使にあたる国又は公共団体の職員が職務上不法行為を行ったときは、国賠法が適用され、その職員が所属する国又は公共団体が責任を負い、職員は直接個人責任を負うものではない。したがって、原告は、被告鈴木個人に対し、民法の七〇九条に基づいて損害賠償を請求することはできない。

3 被告水上、被告林、被告互助会

原告は、被告基金都支部長に公務災害の認定を請求したことから、自己の傷病の状況が医師から基金に対し報告されることについて黙示的ないし推定的承諾を与えているものと解されるうえ、被告基金都支部長から報告を求められた場合、医師は、地方公務員災害補償法六〇条一項に基づく報告義務を負うから、医療機関が基金から報告を求められて回答する行為は、法律上の義務に基づく正当な行為である。したがって、原告の被告水上、被告林、被告互助会に対する民法七〇九条、七一五条に基づく損害賠償請求は理由がない。

4 被告都

(一) 被告基金都支部長、被告水上、被告林の不法行為による責任について

被告基金都支部長、被告水上、被告林らが不法行為を行った事実はないから、原告の被告都に対する国賠法一条、三条に基づく損害賠償請求は理由がない。

(二) 本件スイッチの構造上の欠陥について

本件スイッチは、通常の使用方法によって使用する限り、何らの危険がなかったものであるから、その設置自体に瑕疵があるということはできない。また、本件スイッチが原告が指摘する箇所に設置されていたことにより本件暴行が発生するということは、社会通念上まったく予想しえないものであるから、本件スイッチの設置と本件暴行との間には相当因果関係がないことは明らかである。したがって、原告の被告都に対する国賠法二条に基づく損害賠償請求は、理由がない。

(三) 大森高校教職員らの不法行為

(1) 原告の主張(1)について

田中校長が学校管理者として、校務全般について、相当の注意を払うのは当然であるが、個々の生徒の性格を知悉し、その行動を常時監視することは不可能であって、むしろ個々の生徒の性格や行動などは、原告を含む教諭等が把握し、非常の場合においては、その場の状況に即した教育者としての判断によって、自己の安全を確保すべきであるから、原告の右主張は、そもそも失当である。田中校長は、着任以来、各教諭から生徒に関する情報の収集に努め、生徒の生活指導上注意を要する問題については、木曜日に開かれる定例職員会や臨時職員会等で全教諭に周知せしめるとともに、指導の方針について協議し、必要に応じて当該生徒の担任教諭に対し助言を行っていたから、田中校長には、校長としての職務遂行に欠けるところはなく、また、偶発的な本件暴行の発生の予見可能性はまったくなかったのであるから、田中校長には、注意義務の懈怠はなかった。

(2) 原告の主張(2)について

教諭が授業の進捗状況によって、早めに授業を終了させることは、教諭に委ねられた裁量の範囲内の行為であるから、神谷教諭が授業を約五分早く終了させたことをもって違法な行為とはいうことはできない。また、神谷教諭の右行為により本件暴行が発生することは、社会通念上まったく予想しえないものであるから、神谷教諭の右行為と本件暴行との間には相当因果関係がないことは明らかである。

(3) 原告の主張(3)について

被告田中を含む都立大森高校定時制教職員の一部が原告に告訴を取り下げるようにと違法な圧力をかけたことはない。また、原告は、右告訴の件で、同校教諭山崎茂雄が原告に対し大声で罵ったり、その胸ぐらを掴むなどした行為を被告田中が支持したと主張するが、原告と山崎教諭との間で若干感情的なやりとりがあったにすぎず、その際、被告田中は、山崎教諭を支持する旨の発言をしていない。

(4) 原告の主張(4)について

大森高校定時制教頭は、本件暴行の翌日である五月九日、原告の申し出を受けて、東京教育委員会に赴き関係書類を受領したうえ、同月一八日、配達証明付郵便で原告宛てに送付した。また、受診した医療機関には本人が公務災害である旨伝えれば足りるものである。したがって、大森高校管理職らに正規の手続きを懈怠した事実はない。

また、被告田中は、原告の出勤簿にとりあえずの措置として病欠の表示をしただけであって、確定的に公務外の災害であるとして扱ったものではない。すなわち、被告田中は、東京公立学校職員出勤簿整理規程四条、「東京公立学校職員出勤簿整理規程の一部改正について」第三第七項に基づいて、原告の出勤簿を整理したにすぎない。

(五) 以上のとおりであるから、原告の被告都に対する国賠法一条に基づく損害賠償請求は理由がない。

5 被告田中

原告が不法行為として主張する被告田中の行為は、被告田中が都立高等学校校長として、公権力を行使したことに関するものである。そして、公権力の行使にあたる国又は公共団体の職員が職務上不法行為を行ったときは、国賠法が適用され、その職員が所属する国又は公共団体が責任を負い、職員は直接個人責任を負うものではないから、原告は、直接被告田中個人に対し、損害賠償を請求することはできない。

6 損害について

本件暴行により原告に頚椎捻挫が発症したとは認められないから、少なくとも地方公務員災害補償法に基づく災害補償の実施を受けられないことを原告の受けた損害として、その賠償を求めることは理由がない。

第四当裁判所の判断

一  公務外認定処分の取消について

1  (証拠・人証略)の結果によれば、原告の頚椎捻挫に関して、次の事実が認められる。

(一) 原告は、昭和五六年一〇月一日品川区立荏原第四中学校に教諭として採用され、昭和五八年四月一日から品川区立伊藤中学校、昭和六〇年四月一日から千代田区立麹町中学校の教諭としてそれぞれ勤務した後、昭和六一年四月一日から都立大森高校定時制に勤務した。

(二) 原告は、昭和五七年五月二四日、荏原第四中学校の放送室において、業務放送中に同校生徒から暴行を受け、同月二六日茅ケ崎市立病院で第一腰椎圧迫骨折及び頚椎捻挫と診断され、同日から同年六月一八日まで同病院に入院した。原告は、右病院に同年七月三一日まで通院したが、同年八月五日腰部の痛みが続いたために東京警察病院に転医し、同月二四日第一腰椎圧迫骨折及び骨盤打撲と診断された。被告基金都支部長は、原告の右第一腰椎圧迫骨折及び頸椎捻挫について同年六月一五日付けで、右骨盤打撲については同年一一月二二日付けで公務上の災害と認定した。

(三) 原告は、昭和五八年五月一四日、当時の勤務校である伊藤中学校の第一理科室で生徒の理科実験を指導していたところ、実験中の男子生徒の一人から、腰背部を手で叩かれ、腰部等に痛みを感じた。原告は、同月一六日、通院していた東京警察病院で受診したところ、第一腰椎圧迫骨折、腰痛症と診断された。原告は、右腰痛症について、昭和五九年一一月五日付けで被告基金都支部長から公務上の災害と認定された。

(四) 原告は、昭和五九年七月二〇日、前田整形外科に転医し、第一腰椎圧迫骨折、頸椎捻挫、腰痛症との診断を受け、昭和六一年七月一四日まで通院した。原告は、同月一七日、被告互助会が経営する三楽病院に転医し、同病院医師山崎裕功から頚椎捻挫後遺症、第一腰椎圧迫骨折後遺症との診断を受けたが、その際の症状は、自覚症状として、頚椎・背屈にて痛み、スパークリングテスト、モーレイテストは異常なし、上肢反射正常というものであった。その再、原告は、同医師から慢性期にあるため理学療法しかない旨の説明を受けた。

被告基金都支部長は、同年七月一四日をもって原告の第一腰椎圧迫骨折、骨盤打撲、頸椎捻挫、腰痛症は治癒したとして、同年九月二〇日付けでその旨を原告に通知した。

(五) 原告は、一月に大体二度の割合で三楽病院に通院して、痛み止めクリーム、鎮痛剤、ビタミン剤等の投薬を受けたが、原告の頚部痛、手足のしびれ、背部痛は消失せず、一進一退の状況にあった。原告は、昭和六一年一一月八日、三楽病院の依頼を受けた東京病院においてMRI(磁気共鳴映像)検査を受けたが、頚椎及び頚髄に異常所見なしという検査結果であり、原告の頚部痛を裏付ける客観的な異常所見は得られなかった。原告は、昭和六一年一一月二五日から二九日まで勤務を休み、昭和六二年一月下旬にも頚部痛のために数日間勤務を休んだ。

(六) この間の原告の自訴をカルテよりみると、概ね次のとおりである。

「頚部痛プラス、時々背部痛プラスマイナス、物を持つと痛む。」(昭和六一年九月四日)、「頚部痛続いている。しびれはときどき。」(同年一〇月二日)、「右頚部痛、両側尺側手しびれる。」(同年一一月二七日)、「寝ていると良いが、何かすると頚部痛、尺側手しびれた感じ、両側足ややしびれ。」(同年一二月一八日)、「頚部痛、両手足(尺側第五趾)がしびれる。」(昭和六二年一月二二日)、「頚部痛、手足のしびれ、運動痛プラス。」(同年二月一七日)、「安静時も背部痛、右足外側がしびれる。両側尺側手しびれ(ただし、左より右が大)」(同年三月二六日)、「頚部痛、天候悪化でしびれプラス、右足のしびれ」(同年四月二三日)

(七) 昭和六二年五月八日、本件暴行事件が発生した。生徒甲野が原告の頭部を殴打したときに用いたバッグは、縦、横が一五センチメートル、二五センチメートルのポシェット風のもので、重量は在中物を含め四一五グラムと軽量であった。右バッグには、自動車免許証、テレホンカード、特別教育終了証、ボールペン二本、蛍光ペン一本、印鑑、身分証明書、アドレス帳、大森校ハンドブッグが在中していた。

(八) 原告は、翌九日、三楽病院で受診した。同病院佐野医師から頚椎捻挫との診断を受け、その際の症状は、自覚的には、頚部痛・頭重感・しびれであり、他覚的には、頚椎可動域は正常であり、運動時に痛みがあるが、筋力低下、知覚異常、反射異常等の神経学的所見はみられず、スパークリングテストも陰性で異常なしというものであった。右佐野医師は、原告の右自覚症状に基づいて、病名頸椎捻挫、頚部痛が特に強いため、一週間の休務を要する見込みであるとの同日付けの診断書を作成した。更に、同病院医師高取吉雄は、同月一六日、頚部痛が軽快しないため、さらに一週間の休務を要する見込みであるとの診断書を作成した。原告は、同月九日以降、二週間連続して勤務を休んだ。

(九) 三楽病院における原告に対する治療内容は、本件暴行以前の治療と同様の痛み止めクリーム、鎮痛剤等であって、特段の変化がなかった。原告は、平成元年二月一七日、同病院尹政善医師から「病名・頸椎椎間板症、エックス線写真上第五、第六頸椎の骨棘及び椎間板狭小が認められる。」との診断を受けた。原告は、MRI検査により椎間板が変性して膨隆があるとの所見を得られ、平成三年五月一六日、同病院山崎隆志医師から「病名・頸椎椎間板ヘルニア、MRIにて上記病変認められるが、日常生活、就業には問題のない程度のものである。」との診断を受けた。

2  地方公務員災害補償法にいう公務上の災害と認められるためには、公務上の事故により傷病等が発症したという関係があることが必要であるところ、原告が本件暴行以前において頸椎捻挫後遺症という既存疾病を有していたことは、右に認定したとおりであるから、右の関係を是認するためには、本件暴行が原告の既存の頚椎捻挫後遺症を著しく増悪させたことが必要であるというべきである。

そこで、右認定した事実に基づいて、本件暴行が原告の既存の頚椎捻挫後遺症を著しく増悪させたかどうかについて検討すると、原告の本件事故後の症状は、自覚症状としては、頚部痛・頭重感・しびれであるが、他覚的には、頚椎可動域は正常であり、神経学的な所見はみられず、右自覚症状を客観的に裏付けるものがなかったこと、右の自覚症状についても、原告は、本件暴行前においても、頚部痛・しびれ等があり、自覚症状の強いときには本件暴行直後の症状と同様の症状がみられたこと(〈人証略〉)、したがって、本件暴行後、従前の頸椎捻挫後遺症に新たな症状が加わっていないうえ、本件暴行前後において、その治療内容にも変化がなかったこと、右バッグの形状、在中品の形状及び硬度、在中品を含むバッグの重量からすれば、バッグで殴打したときの衝撃は、通常頸部に傷害を与えるほどの強力なものではなかったこと、もっとも、麻痺寸前の頸椎症、頸髄症、神経根症等で脊髄圧迫が既に存在するような場合には、比較的軽い衝撃で頸椎捻挫を起こしたり、神経障害を起こしたりするということがありうるが(人証略)、原告の場合には、本件暴行前に撮影したエックス線写真及び昭和六一年一一月八日に実施されたMRI検査によっても、異常所見がみられなかったから、その可能性は少ないこと、本件暴行直後に頸椎捻挫と診断した佐野医師も、原告の訴える自覚症状と原告が説明した本件暴行の態様から頸椎捻挫であるとの診断をしたが、診断名を付けることは投薬のために不可欠のものであり、本件暴行後の診断の時点では、本件暴行とその直後の原告の頚部痛・しびれ等の諸症状との間の因果関係は明らかでないと判断していた旨の証言をしていること等の諸事情からすれば、本件暴行が原告の既存の頚椎捻挫後遺症を著しく増悪させたということはできない。

なお、本件暴行後の平成元年二月のエックス線写真上に第五、第六頸椎の骨棘及び椎間板狭小が認められ、平成三年五月頃に実施されたMRI検査においても椎間板が変性して膨隆があるとの所見を得られたことが認められるが、本件全証拠によっても、本件暴行直後の原告の頚部痛、しびれ等の症状が右の椎間板変性に起因することを認めるに足りる証拠は存在しない。しかも、原告の本件暴行時の年齢は三〇歳であったが、椎間板変性は、一般的には加齢によって起こる場合が多く、組織的には二〇歳代から変性が起こるとされ、三〇歳から三五歳くらいの間にも椎間板の変性と若干の膨隆が生じることは十分にありうること(〈人証略〉)、原告の椎間板変性が本件暴行という外傷によるものであった場合には、明らかな他覚的所見を得られるところ(〈人証略〉)、本件暴行直後の原告についての所見は、自覚症状のみであって、他覚的所見に乏しく、本件暴行から四年を経過した平成三年五月時点での原告の椎間板変性の程度も日常生活及び就業には差し支えのない程度のものであったことからすれば、右の原告の椎間板変性は、本件暴行よりもむしろ加齢によって生じた蓋然性の方が高いというべきであるから、前記判断を覆すには足りない。

3  以上によれば、原告の主張する頚椎捻挫は本件暴行により発症したものとは認められないから、頚椎捻挫を公務外のものと認定した本件処分は適法である。したがって、本件処分の取消を求める原告の請求は理由がない。

二  不法行為について

1  被告基金都支部長の本案前の主張に対する判断

原告の被告基金都支部長に対する請求は、被告基金都支部長の故意又は過失による不法行為を理由として損害賠償請求を求めるものであるが、元来法律上財産権上の主体となりえない被告基金都支部長なる行政庁は私法上の損害賠償請求について当事者となる能力を有しない。

したがって、原告の被告基金都支部長に対する損害賠償請求の訴えは、不適法なものとして、却下するのが相当である。

2  被告鈴木

被告基金都支部長は、公権力の行使にあたる公務員であると解されるところ、公権力の行使にあたる公務員の職務行為によって他人に損害を与えた場合には、国家賠償法に基づき、その公務員が所属する国又は公共団体が責任を負い、公務員個人は直接被害者に対し損害賠償責任を負わないものと解すべきである。

そして、原告が主張する被告鈴木の不法行為は、いずれも被告基金都支部長として職務行為を行ったことに関するものであるから、原告の被告鈴木に対する民法七〇九条に基づく損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

3  被告水上、被告林、被告互助会

原告は、被告互助会経営の三楽病院医師である被告林が、原告に関する医療情報を原告の承諾を得ることなく、無断で被告基金都支部長に漏らしたと主張するが、三楽病院佐野医師が昭和六二年九月二一日基金都支部の職員と面談し、右職員から原告の病状、療養経過及び医学的意見の報告を求められて、これを回答したことが認められるものの(弁論の全趣旨)、本件全証拠によっても、被告林自身が被告基金都支部長に右報告をしたことを認める証拠は存在しないから、原告の被告林に対する民法七〇九条に基づく損害賠償請求は理由がない。

そして、佐野医師が基金都支部の職員から原告の病状、療養経過及び医学的意見の報告を求められて回答した行為についてみても、地方公務員災害補償法六〇条一項に基づく適法な行為である。すなわち、同条項は、補償の実施又は審査の適正を確保するため、基金及び審査会が補償を受け若しくは補償を受けようとする者又はその他の関係人に対して報告、物件の提出、出頭、医師の診断を受けること等を命ずる権限があることを規定しているが、右の「その他の関係人」とは、直接、間接を問わず補償の実施に関係のある者をいい、その中には当然のことながら医師も含まれるものと解される。しかも、この命令に違反した場合には罰則の適用があるものとされているから(法七三条)、都基金支部から報告等を求められた医師は、同法六〇条一項に基づく報告義務を負うものというべきである。したがって、佐野医師の右回答行為は法律上の義務に基づく適法な行為である。

また、原告の主張がプライバシー権の侵害をいうものであったとしても、補償の実施又は審査の適正を確保することは、被災職員の個人的利益にとどまるものではなく、公共の利益に係るものであること、そして、基金及び審査会による補償の実施あるいは不服申立に対する審査の適正を確保するためには、公務上の事故発生の状況、被災職員の公務上の負傷又は疾病の状態、その間の因果関係の有無を正確に認識することを要し、そのためには、災害発生時の具体的状況のみならず、被災職員の疾病又は傷病の状態、現在に至るまでの療養経過、医師の診断、レントゲン写真、検査結果等の医学的資料の提出、報告を受けて、これらを総合的に検討することを要する場合が少なくないこと、基金及び審査会が報告等を受けた被災職員に関する医療情報は、補償の実施又は審査のためにのみ利用がなされ、他の目的には利用されないことからすれば、原告の承諾を得なかったからといって、佐野医師の前記回答行為をもって、原告のプライバシー権を侵害する違法な行為ということはできない。

したがって、佐野医師が基金から報告を求められて回答した行為は、適法な行為であるから、これが違法であることを前提とする原告の被告互助会、被告水上、被告林に対する損害賠償請求は理由がない。

4  被告都

(一) 被告基金都支部長、被告水上、被告林の不法行為による被告都の損害賠償責任について

被告基金都支部長がした本件処分は、適法なものであることは、前記一のとおりであり、また、基金都支部の職員が佐野医師に報告を求めた行為は、地方公務員災害補償法六〇条一項に基づく適法な行為であることは、前記3のとおりであるから、これらの行為が違法であることを理由とする原告の被告都に対する国賠法一条、三条に基づく損害賠償請求は理由がない。

また、被告水上、被告林が不法行為を行っていないことは、前記3のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告都に対する国賠法一条、三条に基づく損害賠償請求も理由がない。

(二) 本件スイッチの構造上の欠陥について

原告は、本件スイッチには、教室内でなく不特定多数の者が操作できる教室外の廊下の壁に設置されていたという設置又は管理上の瑕疵があると主張するが、国賠法二条一項の営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠き、他人に危害を及ぼす危険性のある状態をいうものと解されるところ、本件スイッチが教室内でなく不特定多数の者が操作できる教室外の廊下の壁に設置されていたからといって、電源スイッチとして通常有すべき安全性を欠いているとは到底いいえないから、被告都に本件スイッチの設置又は管理上の瑕疵がなかったことは明らかである。

したがって、原告の被告都に対する国賠法二条に基づく損害賠償請求は理由がない。

(三) 大森高校教職員らの不法行為

(1) 原告の主張(1)について

原告は、大森高校校長である被告田中が、管理者として、生徒甲野が暴力事件を度々起こす少年であることを知る得べき立場にありながら、このような情報を収集して、これを教職員に伝達し、教育指導の便宜を図るべき義務を怠ったために、本件暴行が発生したと主張するが、同生徒が問題行動を起こし、保護観察中であることが認められるものの(〈証拠・人証略〉)、本件全証拠によっても、同生徒が教諭に暴力行為を行う傾向のある生徒であったとする証拠は存在しないこと、かえって、同生徒は、入学当初は学業に熱心でなかったものの、自ら良い方向に脱皮し、一年生の二月期以降は学業に積極的に取り組んでいたこと(〈証拠略〉)、本件暴行は、原告が右手に持っていた教科書を突き出して、同生徒の顎に触れたために誘発されたという一面があり、突発的かつ偶発的な出来事であったことなどからすれば、被告田中において、本件暴行の予見が可能であったということはできないから、同生徒の原告に対する暴行を予測しこれを防止する義務があったということはできない。したがって、原告の右主張は理由がない。

また、原告は、田中校長が大森高校定時制教員や定時制生徒と接触する機会を年に数回しか持たず、教職員の管理義務や安全管理義務を怠ったために、本件暴行が発生したと主張するが、右の管理義務や安全管理義務の具体的な内容が明らかにされていないから、原告の右主張は、主張自体失当というほかない。

(2) 原告の主張(2)について

原告は、大森高校定時制の教諭神谷明美が定刻前に授業を早く終了させたために、生徒甲野に消灯を行う時間的余裕を与え、本件暴行が発生したと主張するが、前記(1)と同様の理由から、神谷教諭において、授業を終了するにあたって、本件暴行の予見が可能であったと認める余地はないから、本件暴行を予測しこれを回避するため、定刻まで授業を行うべき義務があったとか、他の適切な措置を講ずべき防止義務があったとかいうことはできない。したがって、神谷教諭が授業を定刻前に終了させたことをもって、過失行為があったということはできないから、原告の右主張は理由がない。

(3) 原告の主張(3)について

原告は、生徒甲野を傷害罪及び暴行罪で告訴した後、被告田中を含む大森高校定時制の教職員の一部が、原告に対し、告訴を取り下げるように違法な圧力をかけたと主張する。しかしながら、本件暴行事件後の職員会議において、生徒甲野に好意的な意見が多く出され、校長である被告田中に対し、同生徒の氏名が公表されないようにできないかとの要望が出されたこと、原告が、昭和六二年五月一八日、本件暴行の加害者である生徒甲野を告訴したため、被告田中は、同月二六日、原告に対し、右告訴について教職員から批判的な意見が出ているので告訴を取り下げるようにとの要請をしたが、原告はこれに応じなかったこと、右告訴の件について、大森高校定時制の同僚教諭が、原告に対し、「君のやっていることはやりすぎだ。」と批判的な発言をしたこと、生徒甲野のクラス担任である山崎教諭が、原告に対し、生徒甲野は反省しているとして、生徒甲野を告訴したことについて何回か抗議したことなどが認められるにとどまり(〈証拠・人証略〉)、これ以上に被告田中を含む大森高校定時制の教職員の一部が原告に対し告訴を取り下げるようにと違法な圧力をかけたことまでを認めるに足りる証拠はないから、原告の右主張は理由がない。

また、原告は、右告訴の件で、同校教諭山崎茂雄が原告に対し大声で罵ったり、その胸ぐらを掴むなどした行為を被告田中が支持したと主張する。しかし、山崎教諭が、昭和六二年六月一三日、東京新聞に掲載された本件暴行事件の記事の内容に反発し、原告との間で言い争いになり、原告の胸倉をつかむなどしたところ、他の教諭らに制止されたことが認められるが(原告本人、被告田中本人)、田中校長が原告に対し山崎教諭の右行為自体を支持する発言をしたことを認めるに足りる証拠はないから、原告の右主張は理由がない。

(4) 原告の主張(4)について

原告は、原告の公務災害の申請に関し、大森高校定時制の管理職らが正規の手続きを懈怠したと主張するが、右の正規の手続きの具体的内容が不明であり、原告の右主張は、主張自体失当というほかない。もっとも、原告は、正規の手続きの内容について、管理職らが原告の公務災害の申請に関し、必要書類を原告に交付しなかったうえ、公務災害であることを原告が受診していた医療機関に伝えなかったと供述しているが、前者については、大森高校定時制教頭が、昭和六二年五月一八日、公務災害の申請関係書類を配達証明付郵便で原告宛てに送付したことが認められ(被告田中本人)、後者についても、原告が受診した医療機関には本人自身から公務災害である旨を告知すれば足り、大森高校定時制の管理職らにおいて、右医療機関に公務災害であることを告知しなければならない義務はないから、大森高校管理職らが正規の手続きを懈怠したとの原告の右主張は理由がない。

また、原告は、本件暴行が明らかに勤務中に生じたものであるのに、被告田中は、東京都教育委員会の指示により、原告の欠勤を公傷扱いにせず、通常の病欠扱いにしたと主張し、被告田中が原告の出勤簿にとりあえずの措置として病欠の表示をしたことが認められるが(争いのない事実)、「東京公立学校職員出勤簿整理規程の一部改正について」の第三第七項には、都立学校に勤務する常勤の職員が公務上の傷病で勤務しないときは、出勤簿は、公務上の傷病と認定されるまでの間は、「病」(病欠)で整理し、公務上の傷病と認定された場合には、認定された日に遡及して「公傷」で整理することとされているから(〈証拠略〉)、被告田中は、右規程に基づいて原告の出勤簿を整理したにすぎないものというべきである。しかも、原告の公務災害の認定請求に対し、被告基金都支部長が頸椎捻挫を公務外であると認定した本件処分が適法であることは、前記一のとおりである。したがって、原告の右主張は理由がない。

(5) 以上のとおりであるから、原告の被告都に対する国賠法一条に基づく損害賠償請求は理由がない。

5  被告田中

原告が主張する被告田中の不法行為は、被告田中が公権力の行使にあたる都立高等学校校長として、職務を執行したことに関するものであるから、被告田中個人は、原告に対し、賠償責任を負うものではない。したがって、原告の被告田中個人に対する民法の不法行為規定に基づく損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

仮に、被告田中が公権力の行使にあたる公務員と解されないとしても、本件暴行の発生について、被告田中及び大森高校定時制の教職員らに過失がなかったことは、これまで説示したところからみて明らかであるから、原告の被告田中に対する民法七〇九条、七一五条二項に基づく損害賠償請求は理由はない。また、本件暴行当時、生徒甲野は、一九歳であって、責任能力すなわち本件暴行の結果について不法行為責任を弁識するに足りる知能を備えていたことは明らかであるから、原告の被告田中に対する民法七一四条に基づく損害賠償請求も理由がない。

したがって、原告の被告田中に対する損害賠償請求はいずれも理由がない。

三  以上によれば、原告の本件請求のうち、被告地方公務員災害補償基金東京都支部長に対する損害賠償請求の訴えは、不適法であるからこれを却下し、被告地方公務員災害補償基金東京都支部長に対する公務外認定処分の取消請求、被告鈴木俊一、被告社団法人東京都教職員互助会、被告水上忠、被告林文彦、被告東京都、被告田中公一に対する損害賠償請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 坂本宗一)

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